生成AIの登場以来、「同じ費用で、より多くのことができる」という話題をよく耳にするようになりました。
私はARIS Vietnamでビジネス開発センターを統括し、日本のお客様の案件を日々見ています。その立場から言えば、「同じ開発費で、より多くの製品を」はAIとともに生まれた考え方ではありません。私たちはAIが登場する前から、この考え方で開発に取り組み、実際のプロジェクトで実践してきました。 AIはその方向性を変えるものではなく、同じ道をより速く進むための手段だと考えています。
本記事では、次の4点をご紹介します。
- 私たちの仕事の哲学
- AIがなかった頃、それをどのように実践してきたか
- AIと、AI・データに関する法制度への向き合い方
- AIがまだ苦手とするポイントと、人が管理すべきこと
速く進めるために、まず透明であること
プロジェクトを速く進めるには、作業を速くすればよいと考えられがちです。しかし私たちの経験は、その逆を示しています。速く進めたいなら、まず透明であること。
- 兆しを早めにお伝えする:リスクや遅れの兆し、不明な点は、気づいた段階でお客様と共有します。早めに共有すれば、全体のスケジュールに影響を与えずに対処できる余白が生まれます。
- プロジェクトに寄り添い、手をかけ続ける:ウォーターフォールでもアジャイルでも変わらないのは、日々プロジェクトを見守ることです。小さな課題を、大きな問題になる前に解決します。
- 報告には数値と提案を添える:「いまどうなっているか」で終わらせません。進捗、不具合の件数、残作業、リスクの度合いを具体的な数値で示したうえで、何が課題なのか、どのような選択肢があるのか、私たちは何を提案するのかをあわせてお伝えします。お客様が速く、正しく判断できるようにするためです。
- まず正しく動かし、長く安定させる。最適化はその後で:最適化に意味があるのは、プロジェクトが安定し、信頼できる状態で進んでいるときです。私たちはまず、その土台をつくります。
これが、ARIS Vietnamの仕事の哲学です。以下でご紹介する具体的な進め方は、すべてこの考え方から生まれています。
AI以前、私たちはどう実践してきたか
同じ体制であれば、1年間に開発できる製品の数は、1製品あたりに必要な工数で決まります。同じ開発費でより多くの製品を実現するには、一つひとつのプロジェクトから無駄な工数を減らす必要があります。そして最も大きな無駄は、多くの場合「気づくのが遅れた問題」から生まれます。透明性という土台の上で、私たちは次の5つの方法に取り組んできました。
1. 最初に要件を明確にする
ソフトウェア開発の無駄の多くは、作り直しから生まれます。そのため、最初のコードを書く前に、ビジネスアナリスト(BA)とブリッジSE(BrSE)がお客様と一緒に「なぜ作るのか」「何をもって完成とするのか」を明確にします。
2. チームを安定させる。比喩ではなく、文字どおりに
プロジェクトごとにメンバーを入れ替えるのではなく、同じチームがお客様と長く伴走します。システムや業務、お客様の意思決定の進め方を理解しているため、プロジェクトを重ねるほど立ち上がりが速くなります。この考え方はラボ型開発にも通じています。
ここでいう「安定」は、文字どおりの意味です。最初の1件から始まり、いまでは十数件目のプロジェクトをご一緒しているお客様がいます。私はその全てを、同じ拠点から見てきました。そのお客様がホーチミンのオフィスにお越しになると、以前ご一緒したエンジニアや当時のチームと再会されます。そして多くの場合、そのチームがいまもお客様のプロジェクトを担当しています。
それが、ARISの哲学です。
3. すでにあるものを再利用する
以前のプロジェクトで作った画面デザイン、機能部品、テストの進め方を標準化し、次のプロジェクトで再利用します。業務システムでは、ゼロから作るのではなく、Odooのような既存のプラットフォームを活用します。
4. 企画から運用まで一貫して担う
分析・設計・開発・テスト・運用までを同じチームが担当することで、複数の会社の間で引き継ぎに時間を取られることがありません。運用中に見つかった課題も、すぐに次の製品の改善に活かせます。
5. 知見を記録し、共有する
設計資料や重要な判断、プロジェクトごとの学びを記録に残し、知識が特定の個人に依存しないようにしています。その知見は、新しいプロジェクトにも引き継がれます。
前述のように、企画から運用まで複数のシステムを何年にもわたってご一緒してきたお客様がいます。それを可能にしたのは特別なツールではなく、仕事の進め方でした。
AIと、AI・データに関する法制度への向き合い方
生成AIが登場したとき、私たちはすぐにすべてのプロジェクトに取り入れることはしませんでした。まずは調査や社内での検証、勉強会を通じて、AIがソフトウェア開発をどのように支援できるかを確かめるところから始めました。
同時に、日本とベトナムの両方で、AIとデータに関する法制度の動きを追ってきました。お客様は日本に、開発チームはベトナムにいるからです。
| 時期 | 動き |
|---|---|
| 2025年9月 | 日本:AI法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)が全面施行 |
| 2025年12月 | 日本:人工知能基本計画が閣議決定(2026年7月に改定) |
| 2026年1月 | ベトナム:個人データ保護法が施行 |
| 2026年3月 | ベトナム:人工知能法が施行 |
| 2026年5月 | ベトナム:人工知能法の施行政令が施行 |
また、ユーザーのデータを扱う際には、日本の個人情報保護法が引き続き基本となります。
両国が目指している方向は共通しています。AIの活用を進めながら、人とデータを守ることです。これらの制度は障壁ではなく、お客様が安心してAIを活用した開発を任せられるための「ルール」だと私は考えています。企業でのAI活用とデータの扱いについては、クラウドAI・ローカルAI・ハイブリッドAIの比較記事でも解説しています。
AIがまだ苦手とするポイントと、人が管理すべきこと
AIはとても便利ですが、まだ完璧ではありません。すべてをAIに任せると、かえってプロジェクトが遅くなったり、リスクが高まったりするポイントがあります。私たちは、次の6点を人が主体的に管理することを重視しています。
- 要件を正しく理解する:お客様が本当に必要としているものを、AIは知りません。「何を作り、何を作らないか」を決めるのは、BA・BrSEとお客様です。
- 結果を検証し、最終的な責任を持つ:AIは、もっともらしく見えても誤りを含むコードや資料を生成することがあります。すべての出力を人がレビューし、品質と最終判断の責任は人が持ちます。どのようなツールを使っても、この点は変わりません。
- セキュリティ:AIが生成したコードに脆弱性が含まれる可能性があります。セキュリティレビューとテストは欠かせません。品質管理の考え方もご覧ください。
- お客様のデータ:許可なく、お客様の機密情報や個人データを外部のAIサービスに入力しないことを方針としています。
- 権利:AIが生成したコードやコンテンツについて、ライセンスや権利の扱いに注意を払います。
- 大規模で歴史のあるシステム:複雑なシステムでは、AIが背景をすべて把握することは難しく、そのシステムを知るチームの経験がより重要になります。
AI時代におけるオフショア開発の役割については、こちらの記事でも解説しています。
まとめ
「同じ開発費で、より多く」は、AIから始まったものではありません。透明であること、兆しを早めに伝えること、プロジェクトに寄り添い続けること、数値と提案を添えて報告すること。この仕事の哲学の上に、明確な要件、安定したチーム、知見の再利用、企画から運用までの一貫した支援という具体的な進め方があります。まず正しく動かし、長く安定させる。最適化はその後です。
AIは、その道をより速く進む助けになります。ただしそれは、人が制度を理解し、データを守り、AIがまだ苦手とするポイントをしっかり管理していることが前提です。
AIを使うかどうかよりも、AIを使う前から仕事の進め方が整っているかどうか。私が日々見ているのは、その点です。
「作りたい製品はあるのに、なかなか着手できない」という方は、無料相談からお問い合わせください。どこから始めるのがよいか、一緒に整理します。
参考:内閣府「AI法 全面施行」(2025年9月1日全面施行)、人工知能基本計画(2025年12月23日閣議決定、2026年7月14日改定)、ベトナム人工知能法(法律第134/2025/QH15号、2026年3月1日施行)、政令第142/2026/NĐ-CP号(2026年5月1日施行)、個人データ保護法(法律第91/2025/QH15号、2026年1月1日施行)
